【意味】空手に先手なし(※)
「空手に先手なし」とは絶対に自分から先に手を出してはならないという教えですが、空手道の奥義としては競技大会や稽古の事ではなく、実戦において手足を全く出さずに(武力を使わず)喧嘩や争い事(戦争)を平和に治めて欲しいという強い願いが込められています。
船越義珍の空手理念は手にも心にも剣(拳)のない境地。大きな心ですべての人を包み込む。そして、稽古生の上達の目的を人間同士の争いの元である優劣の判断の道具に利用せず、弱き者を助け、悪しき強き者を挫く事を理想とし、偏見と差別により一人の落ちこぼれも作らないように、人間同士の異なる存在をお互いの個性(肌の色、人種、性別、文化、流派間の技の違いなど)として温かく認め合う。そして、個々人が持つそれぞれの優れた長所で皆と助け合い、また一つに纏まって大きな力となり、皆で良い社会を作るために人を虐めず、人を殺さず、平和を求める心にこそ、本当に私達が空手道から学ぶべき争いを越えた大切な教えがあるのです。
【引用先】空手道型教本(江上茂著)
江上茂は生前に、「もし稽古の極意はと問われたら、仲良くすることである」と語られている。私たちの稽古の目的は、敵も味方も存在しない究極の闘争のない自然体の世界の中にこそある。名声、敵意、憎しみ、恐怖心などの自分の持っている全ての欲望に囚われなくなるまで、脇目も触れず、ただ無心となって懸命に道場で血の滲むような努力をする。その長年培られた努力が生涯争い事として使われることなく、また、ただ単にトーナメントに優勝する事や喧嘩が強くなると言うつまらない稽古の目標ではなく、人間教育の場として誰かの人生を豊かにする人生であったならば、将来、松濤会空手がこの世に存在したことに感謝する人々が多く現れることでしょう。